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あたらしいわたし
あたらしい地球のあたらしいみんなに愛と光があふれています
自分を操縦する

自分の心持ちや考えって、次々と浮かんで来ては消え、また浮かんで来ては消え、を繰り返しています。
頭に思い浮かぶことがポジティブなことばかりの時もあれば、もう全然ダメだなぁって否定的なことばかりの時もあります。

どうしてわたしは「思う」んだろう?「考える」んだろう?

それは本当に「わたし」が思ってることかな?考えてることかな?

本当の自分がわからないのです。
思考ではなく感覚で!と分かっていても、思考を止められない時、どうしたらいいかな?
と自分に聞いてみると、、、

筋トレ、、、(笑)
まあ、分かります、身体を動かして!ってことね。
わたしは運動は苦手なインドア派だから、どうしてもじっとして頭の中をグルグル考えちゃうのよね。

年末年始の時に見た夢で「運動して肉体を大切に」と伝えられていたのでした。
2019年は身体を大切にしようと思います。
そのためにまずは運動します。

もっと自分で自分の思考と身体を操縦しなくては。







あたらしいわたしに幸多かれ!








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本当のお正月

お正月の過ごし方、いつの時代からこんなになったのでしょう。

苦痛を感じる年末年始に納得できなくて、どうしてこんなに嫌なのかな?単なるわたしのわがままですか?と、自分の中の神さまに問いかけてみました。

お正月は新しい年神様を迎えるために静かに祈りを捧げる日だったのではないでしょうか。
大人数で集まったとしても、それぞれがひとりひとり心静かに瞑想し、祈り、落ち着いた時間を過ごし、そして、年神様の分け御霊をいただく食事に感謝して、ゆく年くる年を想う日だったのではないでしょうか。

バレンタインのチョコ問題と今のおせち料理は同じだったと気がつきました。
たしかに最初のうちは、心を込めた手紙に小さなチョコを添えたかもしれませんし、五穀豊穣に感謝して食材をシンプルに 調理して神前に捧げていたかもしれません。

ハロウィンと今の初詣は大して変わらないものかもしれません。
メディアがうるさいほど煽り、あれやこれやと理由を作って、さもそれらしい理屈で、人々を洗脳して誘導する、このやり方、そろそろ気づいている人は気づいているはずです。

おせちだって、ただのダジャレですよ!
このお正月のイベント感、家康の指揮のもとに考案されたようです。

結局、一事が万事、人をまとめて洗脳し、ピラミッドのテッペンで指揮を執りやすくする仕組みなのです。
人が動けばお金が動き、経済がまわる。

みんなで同じことをしたり、お上からの通達だから、昔からの常識だから、という時代は終わりですよね。
やはり、これからはひとりひとり、人それぞれの時代なのだなと思います。
個ですよ、個!

本田圭祐が前々回のワールドカップの時に「日本人はチームプレイができて当たり前、優勝するために必要なのは個の力」と言ってたけど、さすが世界のホンダだわ〜、今更ながら「ホンダ〜、スゴーイネ!」(笑)

チームプレイができる日本人が個の力を思い出せば、、、
きっと次元も超えますね!
サムライブルーのワールドカップ優勝と日本人の意識の次元上昇、どっちが先かな⁈






あたらしいわたしに幸多かれ!






大掃除とおせち作り

2018年も終わりですね。
来年には平成も終わる、、、
時は確実に流れているのですね。

さて、12月に入ると、どうしても大掃除とおせちのことが気持ちの片隅に引っかかって、後半はプチうつみたいな感じになります。

大掃除は去年より5割減で遂行。
おせちは去年初めて「作らない」ってことをしてみたら、案外スルー出来たので、今年も2回目のおせち作り無しを実行中。

ただ2回目にして気づいたこと、それはおせち料理を作ってもいいかなと思う自分がいること。
最近、なるべく料理を作ることが心の負担にならないように心がけていたからかな。
少しくらい料理してもいいかなって気分になっています。

それと、料理って実は表現のひとつなのかな〜と感じ始めました。
すると、あんなに嫌いだった食事作りへの抵抗感が薄れてきたような気がします。
(薄れただけで未だに好きにはなれないけど、、、)

ひたすら子どもたちのために!と頑張って作っていたけど、自分は作りたいのか?作りたくないのか?そこが大切なのかも。

去年、おせち作りを一回休みしてみて、気づくことが出来たのかもしれません。
もしかして、来年はまたガッツリ作ってたりして⁈(笑)

良いお年をお迎えください。






あたらしいわたしに幸多かれ!






迷走中

今、わたしは何をしようとここにいるのでしょう。
どうしても具体的にこうなりたいという自分を思い描けないのです。

今までの人生では、こうなりたいとか、これがしたいというのは、ほとんど現実になって、手に入れたいと思うものは手に入れ、したいと思ったことは出来た。
もちろん希望を叶えるために辛抱したこともあったし、頑張ったりしたこともあったけど。
外から見たら、何もかもがうまくいっている人生に見えるわたし。

人に言えない辛く苦しいこともあったけど、ご縁あってステキなセラピストさんたちに恵まれて、なんとか立ち直り、今やこんな書き物までしている!
そして、そんな苦悩を知っているから、人生の深い味わいが増して、他人の痛みも分かるはず。

自分を大切にできているか?と言われると、うーん、出来てない(汗)
でも、雨風凌げて生きているので、究極ラインは超えてない。
物質的にはOKだけど、精神的にはNG、といった感じかな。
これからの時代は精神的にOKが重要なのに、、、。

なんだかこんなことばかり考えちゃうのって年齢的なものなのかな?
人生の終わりが見えても、最後の一日まで精一杯生きたいな。
だから、やっぱり、人生後半をどう生きたいか?を具体的に思い描きたいのです。
ただいま瞑想中&迷走中。








あたらしいわたしに幸多かれ!








大隈重信

ご縁あって、早稲田に講演会を聞きに行きました。
銀杏の紅葉は終盤でしたが、まだきれいな黄色の葉っぱが残っていて、季節を感じることができました。
たくさんの学生、日本人だけでなく多くの留学生、そして大学院や研究所もあるからか、さまざまな年代の方々も多く行き交います。

初めて見る有名な大隈講堂、そして大隈重信の銅像。
写真でしか見たことなかったので、おお〜これが!と、ちょっと感動(笑)

大隈さんは、この今の様子をどう思うかしらね〜と思ったら、、、
「慶応に感謝」とのこと。
何?早慶戦?と、思わず笑っちゃいましたが、よくよく感じて視ますと、
なるほど、、、
善きライバルは善き友人、お互いを高め合うことが出来る唯一無二の友人。
ライバルって、言い方があまり良くないですね〜
お互い切磋琢磨できる仲間!

ん?「でも向こうからは感謝がない」とな。
えー!そんなこと思ってるの⁈
感謝が欲しいの⁈
小っちゃいな〜(笑)

感謝が欲しい、感謝されたい、でも、まずは感謝することから始まるのでしょう?
感謝されなくても、感謝し続けましょうよ!


さて、講演会は少年法に関するもので、家裁調査官の方の難しい話の中に、小さいながらも愛を感じられる瞬間があったことが、世の中捨てたもんじゃないぞ、と思えたのでした。

そして、わたしの中に時折り浮上する「世の中の役に立ちたい願望」は「感謝されたい願望」なのかも、ということにも気がつきました。
そこに気づけたことも収穫でした。
まずは感謝することから、ですね。








あたらしいわたしに幸多かれ!